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東白川村の「廃仏毀釈」

十二、ゆかりの仏像仏具

 廃仏毀釈の断行によって寺が無くなった東白川村には、当時、仏像や仏具が壊されたり、焼き捨てられたりして、何も残っていないというのが通説でした。そして、ただ一つ「四つ割の南無阿弥陀仏碑」だけが、廃仏毀釈の過酷な嵐を物語る証拠物とされてきました。

 そのとおり、「四つ割の南無阿弥陀仏碑」は東白川村における廃仏毀釈の大切な証拠物です。しかし、その他にも、村外に流出して、今では、その土地の信仰の対象物として親しまれている仏像や仏具などがあることが、わずかな言い伝えや他の市町村からの資料提供などに基づく調査によって確認されました。

 それらが、いつ、だれが、どのような方法で持ち出したかは判然としないものが多いのですが、確かに東白川村にあったものという確信を持つことはできます。

 それらは、それぞれの地で大切に保管され、祭られており、古き時代に一抹の思いを残す村びとにとって、安心感のようなものを与えてくれます。

 以下、それぞれの所有者のご理解とご協力によって調査し、写真撮影したものをまとめました。

 今後、さらに調査を進め、仏像仏具の移動の流れなど、まだ明確になっていない部分を解き明かし、当時の人々の廃仏毀釈に対する心の葛藤を明らかにしたいものです。

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